東京地方裁判所 平成5年(ワ)12500号 判決 1996年1月26日
原告
水岩貿易株式会社
右代表者代表取締役
水石彌輔
右訴訟代理人弁護士
松本憲男
同
吉田正史
被告
株式会社ヤマセ
右代表者代表取締役
横尾トヨ子
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 請求
被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 債権者代位の基本債権の存在及び保全の必要性
(一) 原告は、大滝健治(以下「大滝」という。)に対し、水戸地方裁判所下妻支部昭和五九年(ワ)第五八号事件の認諾調書に基づく八九〇万円の損害賠償請求権及びこれに対する昭和五七年一月一〇日から支払済みまで年18.25パーセントの割合による遅延損害金債権を有している。
(二) 大滝には、次項の被告に対する債権のほかには見るべき資産がない。
2 債権者代位の対象となる債権の存在
(一) 宇佐見星(以下「宇佐見」という。)は、被告との間で、昭和五八年三月二三日、宇佐見の被告に対する次の各債権合計六七〇万円を、弁済期・同年四月一〇日の約定で、消費貸借の目的とすることを約した(以下「本件準消費貸借契約」という。)。
(1) 宇佐見が昭和五七年一二月一五日に被告との間でアジア商運株式会社振出の約束手形四通合計六〇〇万円と交換した被告振出の小切手二通各三〇〇万円合計六〇〇万円の小切手債権のうち、内入れ弁済のあった二〇〇万円を控除した後の合計四〇〇万円
(2) 宇佐見が昭和五八年三月二二日に被告の代表取締役横尾トヨ子(以下「横尾」という。)に貸し渡した二二〇万円の貸金債権
(3) 字佐見が昭和五八年三月一五日に被告の当時の代表取締役福田保に貸し渡した五〇万円の貸金債権
(二) 宇佐見は、大滝に対し、平成元年八月二八日、本件準消費貸借契約に基づく債権六七〇万円のうち一〇〇万円を譲渡し、被告に対し、同年九月一四日ころ到達の内容証明郵便でその旨の通知をし、さらに、再確認のために、平成五年六月六日到達の内容証明郵便でその旨の通知をした。
3 結語
よって、原告は、被告に対し、大滝に代位して、譲受債権一〇〇万円及び弁済期の経過後である平成五年七月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、(一)は不知、(二)は争う。
2 同2のうち、被告が(一)(2)の貸金のうちの二〇〇万円及び(3)の貸金五〇万円を借り受けたことは認めるが、その余は否認する。
三 抗弁
1 債権譲渡及び債権放棄
(一) 宇佐見は、昭和五八年九月一六日、本件準消費貸借契約に基づく債権全額を鈴木義男(以下「鈴木」という。)に譲渡し、原告に対し、同日ころ到達の内容証明郵便でその旨の通知をした。
(二) 原告と鈴木は、昭和六二年九月二九日、別件訴訟事件(東京地方裁判所昭和五八年(ワ)第九七二三号、同六一年(ワ)第一二〇一七号併合事件)について、「原告(鈴木)と被告ら(本訴被告を含む。)間には、本和解条項に定めたほか、互いに何らの債権債務がないことを確認する。」との包括的清算条項を含む裁判上の和解をした。
したがって、鈴木は、同日、本件準消費貸借契約に基づく債権についてもこれを放棄したものである。
2 消滅時効
被告は、工作機械、化学機械の設計、製作及び販売等を目的とする株式会社である。
本件準消費貸借契約に基づく債権の弁済期である昭和五八年四月一〇日から既に五年が経過した。
被告は、原告に対し、平成六年一二月五日の本件口頭弁論期日において、右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
3 予備的抗弁(債権譲渡。後記五の再抗弁2(二)を前提とするもの)
宇佐見は、水石彌輔(以下「水石」という。)に対し、平成元年三月一四日、本件準消費貸借契約に基づく債権六七〇万円のうち一〇〇万円を譲渡し、被告に対し、同月一五日到達の内容証明郵便でその旨の通知をした。
したがって、後記五2(二)の本件動産執行の申立てにより時効が中断された本件準消費貸借契約に基づく元本債権一〇〇万円は、被告に対し大滝への債権譲渡通知よりも先に債権譲渡通知のされた水石への債権譲渡の対象になったものというべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)及び(二)は否認し、同2は認める。
2 予備的抗弁のうち、被告主張の債権譲渡及びその通知の事実は認めるが、その余の主張は争う。
五 再抗弁
1 債権の再譲渡(抗弁1(一)に対し)
鈴木の代理人である足立武士弁護士は、昭和五八年一〇月ころ、宇佐見に対し、本件準消費貸借契約に基づく債権全額を再譲渡し、鈴木は、被告に対し、平成二年五月二〇日到達の内容証明郵便でその旨の通知をした。
2 時効中断(抗弁2に対し)
(一) 被告の代表取締役である横尾は、昭和五八年八月二七日、宇佐見に対し、本件準消費貸借契約に基づく債務の一部弁済として三〇万円を支払ったから、同日、時効は中断された。
(二) 宇佐見は、昭和六三年七月二二日、本件準消費貸借契約に基づく債権の強制執行として、右契約に係る横浜地方法務局所属公証人野邊一郎作成昭和五八年第一二二一号金銭消費貸借契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)に基づき、執行官に対し、動産執行の申立て(以下「本件動産執行の申立て」という。)をした。
右申立てによる執行は、同年一〇月一八日、交換価値のある動産がスチール製棚のみであったため不能となったが、右申立ての時点をもって時効は中断された。
なお、本件動産執行の申立てにおいては、請求金額は元本一〇〇万円とされているが、動産執行の場合には、差押手続や差押対象動産の関係から請求債権を一部に限定することはやむを得ない面があり、右申立てにより債権者である宇佐見が本件準消費貸借契約に基づく債権全額について権利行使をする意思が明確になっているものというべきであるから、右時効中断の効力は、元本債権全額について生じるものと解すべきである。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1は否認する。
2(一) 同2(一)のうち、横尾が原告主張の日に宇佐見に対し三〇万円を支払ったことは認めるが、その支払が本件準消費貸借契約に基づく債務の弁済としてされたことは否認する。
横尾は、不当に請求された小切手の取立て交換を防ぐために、やむを得ず、右支払をしたものである。
(二) 同2(二)のうち、宇佐見により、本件準消費貸借契約に係る本件公正証書に基づき本件動産執行の申立てがされたこと(ただし、右申立てが原告主張の日にされたことは不知。)及び右申立てによる執行が昭和六三年一〇月一八日不能により終了したことは認めるが、時効中断の効力は争う。
本件動産執行の申立てにおいては、請求金額が元本一〇〇万円とされているから、時効中断の効力も、本件準消費貸借契約に基づく元本債権のうち一〇〇万円の限度で生じるものと解すべきである。
理由
一 請求原因1(債権者代位の基本債権の存在及び保全の必要性)について
1 甲一によれば、請求原因1(一)の事実が認められる。
2 甲六ないし九及び弁論の全趣旨によれば、大滝は、水海道市菅生町字大並一〇六六番地三所在、家屋番号一〇六六番三、木造瓦葺平屋建居宅98.23平方メートルの建物を所有しているが、右建物は、昭和四五年に建築されたもので、その課税評価額は、平成五年度において一三九万余円であること、右建物には、債権額又は極度額合計二六四二万円の抵当権及び根抵当権が設定されていること、右建物の敷地は、大滝の義母の所有であり、右土地にも債権額二〇〇〇万円の抵当権が設定されていること、大滝は、右建物のほかに見るべき資産を有していないこと、以上の事実が認められる(なお、乙三五、三六並びに三七及び三八の各1ないし5によっても、右認定を妨げるに足りない。)。
右認定事実によれば、原告主張の保全の必要性が認められる。
二 請求原因2(債権者代位の対象となる債権の存在)、抗弁2(消滅時効)、再抗弁2(時効中断)及び予備的抗弁について
事案にかんがみ、請求原因2についての判断に先立ち、被告主張の消滅時効の抗弁及びそれに対する再抗弁並びに予備的抗弁について、一括して判断する。
1 原告主張の本件準消費貸借契約に基づく債権六七〇万円の弁済期は昭和五八年四月一〇日であるところ、被告が工作機械、化学機械の設計、製作及び販売等を目的とする株式会社であることは当事者間に争いがないから、右債権については、商法五二二条に基づく五年の消滅時効が適用されることになる。
そうすると、右弁済期から本訴提起時までに五年が経過していることは明らかであるから、原告主張の時効の中断事由が認められない限り、消滅時効が完成していることになる。
2 そこで、原告主張の時効の中断事由について検討する。
(一) 原告は、まず、右時効の中断事由として、被告の代表取締役である横尾が昭和五八年八月二七日に宇佐見に対し本件準消費貸借契約に基づく債務の一部弁済として三〇万円を支払った旨主張し、右同日、横尾が宇佐見に対し三〇万円を支払ったことは当事者間に争いがないが、仮に、右三〇万円の支払が原告主張のとおり右債務の一部弁済として行われたものであり、それにより時効が中断されたとしても、右同日から更に五年の消滅時効が進行することになる。
(二) 次に、原告は、右時効の中断事由として、本件動産執行の申立てを主張し、当事者間に争いのない事実に甲一〇の1の1、一〇の6及び弁論の全趣旨を総合すると、宇佐見は、昭和六三年七月二二日、本件準消費貸借契約に基づく債権の強制執行として、右契約に係る本件公正証書に基づき、執行官に対し、本件動産執行の申立てをしたこと、右申立てによる執行は、同年一〇月一八日、交換価値のある動産がスチール製棚のみであったため不能となったこと、右申立てにおける動産執行申立書には、債務名義として本件公正証書が表示され、請求金額として元本一〇〇万円と記載されていること、以上の事実が認められる。
ところで、動産執行による金銭債権についての消滅時効中断の効力は、債権者が執行官に対しその執行の申立てをした時に生ずるものと解するのが相当であるから、宇佐見が本件動産執行の申立て当時、本件準消費貸借契約に基づく債権の債権者であったとすれば、右申立ての時点において、右債権について、その範囲はともかく、時効が中断されたことになる。
そこで、進んで、本件動産執行の申立てにより中断される右債権の範囲について検討することにする。
民事執行規則九九条、二一条によれば、動産執行の申立書には、債務名義の表示(二一条二号)のほかに、「金銭の支払を命ずる債務名義に係る請求権の一部について強制執行を求めるときは、その旨及びその範囲」(同条四号)を記載しなければならないとされている。
そして、右認定のとおり、本件動産執行の申立てにおける申立書には、請求金額として元本一〇〇万円と記載されているが、本件公正証書に表示された元本額が六七〇万円であることからすると(甲一〇の1の1参照)、右の元本一〇〇万円の記載は、本件公正証書に基づく元本全額を請求金額として強制執行を求める趣旨ではなく、右規則二一条四号に基づき、本件公正証書に係る請求権の一部(元本一〇〇万円)について強制執行を求める趣旨でされたものと解するのが相当である。
ところで、右規則二一条四号が動産執行申立書に右のような記載を求めている趣旨は、差押債権者の債権の範囲が動産差押えの範囲ないし限度を画する基準となり(民事執行法一二八条一項参照)、また、その後の売得金等の差押債権者に対する交付又は執行官若しくは執行裁判所による配当等が差押債権者の債権額に基づいて行われることにかんがみ、差押債権者が現に当該強制執行によりその実現を求める債権の範囲を明確にすることにあるものと解される。
一方、民法一四七条二号が差押えに時効中断の効力を認めている理由は、差押えが債務名義に基づいて行われる強制執行行為であって、権利の実行行為そのものであることによるものであることは多言を要しないところである。
そうであるとすれば、動産執行申立書において、民事執行規則二一条四号に基づき、金銭の支払を命ずる債務名義に係る請求権の一部について強制執行を求めるものとしてその旨及びその範囲を記載したときは、債権者は正にその範囲及びその限度において権利の実行を求めているものというべきであるから、それによる時効中断の効力は、その範囲及びその限度において生じるものと解するのが相当である。
そうすると、宇佐見は、本件動産執行の申立てにおいて、本件準消費貸借契約に基づく債権のうち元本一〇〇万円についてのみ動産執行を求めたものであるから、それによる時効中断の効力は元本一〇〇万円の限度で生じ、残元本は、昭和五八年八月二七日から五年の経過により時効消滅したものというべきである。そして、被告が原告に対し平成六年一二月五日の本件口頭弁論期日において右消滅時効を援用する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
3 そこで、予備的抗弁について検討すると、宇佐見が、水石に対し、平成元年三月一四日、本件準消費貸借契約に基づく債権六七〇万円のうち一〇〇万円を譲渡し、被告に対し、同月一五日到達の内容証明郵便でその旨の通知をしたことは、当事者間に争いがない。
ところで、右2で認定したとおり、本件準消費貸借契約に基づく債権六七〇万円のうち五七〇万円は昭和五八年八月二七日から五年の経過により時効消滅したことになるところ、民法一四四条により時効の効力はその起算日にさかのぼるから、右五七〇万円は昭和五八年八月二七日に時効消滅したことになる。
そうすると、字佐見が水石に対し右一〇〇万円の債権譲渡をした当時、本件準消費貸借契約に基づく債権は一〇〇万円のみ残存していたことになるところ、宇佐見は、右一〇〇万円を水石に譲渡した後、大滝に対し、更にこれを平成元年八月二八日に譲渡したことになる。
してみれば、右債権一〇〇万円が水石と大滝に二重に譲渡されたことになるが、原告主張の大滝に対する債権譲渡の通知よりも、水石に対する債権譲渡の通知の方が被告に対し先に到達していることが明らかであるから、後者の債権譲渡が優先することになり、大滝が右一〇〇万円の債権を取得する余地はないことになる。
したがって、結局、被告の予備的抗弁は理由があることになる。
三 結論
以上によれば、仮に、原告主張の本件準消費貸借契約の成立並びに右契約に基づく債権六七〇万円のうちの一〇〇万円についての宇佐見から大滝に対する債権譲渡及び被告に対するその旨の通知が認められ、かつ、被告主張の抗弁1(債権譲渡及び債権放棄)の事実が認められず、又は原告主張の再抗弁1(債権の再譲渡)の事実が認められ、さらに、同2(一)(右契約に基づく債務の一部弁済)の事実も認められ、本件動産執行の申立て当時、宇佐見が右契約に基づく債権の債権者の地位にあったとしても、右債権六七〇万円のうち五七〇万円は昭和五八年八月二七日にさかのぼって時効消滅したことになり、残りの一〇〇万円は大滝に対する債権譲渡に優先して水石に債権譲渡されたことになるから、結局、大滝が右契約に基づく債権一〇〇万円を取得する余地はないことになる。
したがって、原告の請求は、請求原因2、抗弁1、再抗弁1及び同2(一)について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。
よって、原告の請求は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官横山匡輝)